星野源 師匠・恩人の細野晴臣との関係!出会いのきっかけや共作曲 他

星野源と細野晴臣 関係 分析

音楽家、俳優、文筆家などの肩書きを持つ星野源さんですが、彼の師匠であり恩人だという存在として、細野晴臣(ほそのはるおみ)さんがいます。

細野晴臣 師匠

出典:https://www.asahi.com/and/article/20170214/400025135/

星野源さんはなぜ細野晴臣に影響を受けたのか。そしてこの2人の関係性は一体どんなものなのか?

今回は、そんな方面の話題です。出会いのきっかけや星野源さんの初ソロアルバムに収録された細野晴臣さんとの共作曲もあるんですよ。

 

星野源は細野晴臣を師匠・恩人として慕っている!

星野源さんは高校時代に、細野晴臣さんのソロ曲『恋は桃色』を聴いてファンになったそうです。

細野晴臣さんといえばYMOでの活動が有名で、親指でベースを弾くというスタイルが個人的には非常に印象的なミュージシャンです。

TONG POO – YMO 1979 LIVE at THE GREEK THEATRE

星野源さんは、どちらかというとYMOよりは、はっぴいえんどでの細野晴臣さんに影響を受けたようで、それが自身のバンド、SAKEROCKの結成に繋がっていったんだとか。

SAKEROCK / SAYONARA 【Music Video】

星野源さん、ギタリストとしてはテクニックを追求するのではなくバッキング主体で、細野晴臣さんに受けた影響というのも技巧的なことよりは作曲やサウンドプロデュース、そしてアーティストとしての魅せ方の面ではないかと予想します。

実際、星野源さんは細野晴臣さんのマネでヒゲを生やしてみたり、衣装もマネをして麻のスーツを着たりしていました。

師匠と崇める人物のやっていることを模倣、トレースしていたんだと思います。

そして2005年、星野源さんは細野晴臣さんと初対面します。SAKEROCKが出演した『ハイドパーク・ミュージック・フェスティバル』に細野晴臣さんも出演していたことから、親交が遂に始まります。

 

星野源と細野晴臣 師匠

出典:https://crea.bunshun.jp/articles/-/7769

星野源と細野晴臣はどんな関係?

星野源さんが現在の歌手活動をするようになったのも、細野晴臣さんから勧められたことがきっかけです。

2010年にリリースしたソロデビュー曲『ばかのうた』が、歌手・星野源のスタートになります。

星野源 – くせのうた (Official Video)

この曲は細野さんの『デイジーワールド』レーベルから発売されたもので、細野晴臣さんとの共作になります。

この時に細野晴臣さんから背中を押された時のことを、星野源さんはこう述懐しています。

本当はずっと歌いたかったんだと思うんですけど、やっぱり度胸がなかったんですよ。でも、20代の終わりだったし、度胸がないとか言ってる場合じゃない。細野さんも誘ってくださってるんだし、もうやるしかないだろうって腹を括って。そこから能動的に歌い始めました。
引用元:https://rollingstonejapan.com/articles/detail/34198/3/1/1

うーん、そう考えると、歌手・星野源は細野晴臣さんなくしては生まれなかったし、さらにはそこから俳優・星野源も派生しなかったわけですから、物凄い関係ですね。

ガッキーとの結婚だってなかったかも!!

これは、星野源さんにとって恩人と称するのに納得の関係ですね。

その後、細野晴臣さんとは対談したり、

星野源と細野晴臣

星野源と細野晴臣2

自身の番組『星野源のオールナイトニッポン』や『おげんさんといっしょ』へゲストとして招くなど、

年齢差を感じさせないほど、非常に仲良くされているようですね。

星野源さんは40歳なので、親子ほども離れた2人ですが、音楽家として通じる部分はたくさんあるみたいですね。

 

細野晴臣を全然知らない人向けの基本情報

前述の通り、細野晴臣さんはYMO(イエロー・マジック・オーケストラ)のメンバーです。細野晴臣さんの担当はベース・シンセベース・コーラスになります。鍵盤も器用に操るマルチなミュージシャンですね。

現在74歳で、最初のメジャーデビューはエイプリル・フールというバンドでベーシストとしてでした。

その後、大滝詠一さんらと結成したはっぴいえんど、松任谷正隆さんらとティン・パン・アレーを結成し、活動しています。

そこからソロ活動も開始し、若き日の星野源さんがヘビロテしたというアルバム『泰安洋行』などを発表。

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そして1978年、世界的に活躍するイエロー・マジック・オーケストラ (Y.M.O.) を結成。全米デビューやワールドツアーなど、当時の日本人にとっては驚異的な活動の数々を展開します。

1980年代以降の細野晴臣さんは、バンドマンに留まらず俳優、文筆の分野にも進出。このあたりのキャリアは、星野源さんも踏襲している印象ですね。

もしかすると一般的には、『なんかよくわからないけど凄そうな人』という認知をされているかもしれません(笑)。

まあ、ここは『星野源さんとLiveをしているかっこいいお爺さん』と思っておけば間違いないでしょう!

細野晴臣 – 「A Night in Chinatown」 トレーラー

真面目に言えば、日本のMusicシーンに大きく貢献した功労者であり、イチローや大谷翔平よりもはるか以前に『日本人は凄い!』と世界に言わしめた男、それが細野晴臣さんなんです。

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うーん、私もいつか、誰かの恩人になってみたいです。

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