【引退発表】サッカー元日本代表・中村俊輔のサッカー人生を振り返る

約25年にわたってプロのサッカー選手として活躍した、日本のサッカー史でも有数の名選手・中村俊輔選手。その中村選手が、2022年10月18日に現役引退を発表しました。

今回は、横浜F・マリノスや日本代表などで活躍した中村俊輔選手のサッカー人生について、振り返ってみましょう!

中村俊輔(なかむらしゅんすけ)のプロフィール

  • 生年月日:1978年6月24日
  • 年齢:44歳(2022年11月現在)
  • 出身地:神奈川県横浜市戸塚区
  • 身長:178cm
  • 体重:71kg
  • ポジション:MF
  • 利き足:左足
  • 最終学歴:桐光学園高校

3歳でサッカーボールを蹴りだしたという中村俊輔選手は、倍率50倍のセレクションに合格して横浜マリノスジュニアユースに所属するなど、子ども時代から高い実力を持った選手でした。

高校3年時には、全国高校サッカー選手権大会で準優勝を果たし、翌年から横浜マリノスに加入しました。

中村俊輔の華麗なるサッカー人生

1997年に横浜マリノスでプロデビュー

プロとなった中村俊輔選手は、プロ一年目にJリーグ優秀新人賞を受賞。

1999年シーズンには背番号「10」を背負ってJリーグベストイレブン、2000年シーズンには歴代最年少となる22歳でのJリーグ最優秀選手賞(MVP)に輝くなど、一気にスターダムを駆けあがりました!

2002年以降は海外リーグでプレー

Jリーグで5年間プレーした中村俊輔選手は、2002年7月からイタリア・セリエAの「レッジーナ」に移籍します。移籍当初からレギュラーを獲得し、3年間で現地ファンの印象に残る活躍を見せ、スポーツ紙が選ぶレジーナ歴代ベストイレブンにも選出されました。

中村選手がレッジーナでプレーした最終年である2004-2005シーズン、レッジーナはクラブ創設以来の最高順位を達成。中村選手もこの成績に大きく貢献しており、チームにとって大きな存在であったことは想像に難くありません。

中村俊輔 セルティックでの偉業の数々

2005年7月にスコティッシュ・プレミアリーグのセルティックへ移籍した中村俊輔選手。移籍金は約4億9,000万円という破格の金額で、移籍1年目からリーグ優勝と国内カップ戦優勝の2冠を達成しています。

2006-2007シーズンのUEFAチャンピオンズリーグにも出場した中村選手は、同大会で日本人としては初のCLでの得点を挙げ、更にセルティックにとっても、日本人としても(当時の制度になって以降)初のCL決勝トーナメント進出を果たしました。

また、同シーズンのスコティッシュリーグで年間最優秀選手にも輝いた中村選手。アジア人選手の欧州リーグMVP獲得は、初となる偉業でした。

横浜F・マリノスへの帰還

2009年のスペイン1部リーグ・RCDエスパニョール移籍を経て、2010年に横浜F・マリノスに8年振りに復帰した中村俊輔選手。2011年からはチームキャプテンにも就任しました。

2010年のワールドカップ後に日本代表の引退を表明した中村選手ですが、Jリーグではその後も活躍を続け、35歳で迎えた2013年シーズンに自身初のリーグ年間二桁得点、更に最年長でのリーグ年間MVP受賞を果たしました!

2015年に決めたゴールで、J1直接フリーキック得点ランキング単独一位に踊り出るなど、中村選手が積み重ねた様々な数字は、今に至るまで高く評価されています。

サッカーに向き合い続けた25年

2017年、39歳のシーズンをジュビロ磐田で迎えた中村選手は30試合に出場、5得点を記録しチームに貢献しました。

2019年7月に横浜FCに移籍した中村選手は、自身初のJ2でのプレーでしたが10試合に出場してチームのJ1昇格に貢献。年を重ねて徐々に出場試合数が減る中でも、日本のサッカー界で強い存在感を放ち続けました。

2021年シーズンはJ1歴代最年長で開幕スタメンとなり、チームがJ2降格となって迎えた2022年はJ2で歴代3位の年長出場記録を残しました。現役生活最後の試合となった、2022年10月23日のロアッソ熊本戦で横浜FCは勝利、中村選手の有終の美を飾ったのでした。

セルティックの英雄!中村俊輔 フリーキックの逸話

中村俊輔選手といえば、プレースキックの名手です。とりわけ、直接フリーキックにおいて右に出る者はいないほどの実力、技量を誇った選手でした。カーブフリーキックの時速は、並みの選手を10キロ上回る、100キロにも到達したといいますよ。

セルティックでは、FKをどの選手が蹴るかのコンテストがあったそうですが、契約して数日後の中村選手もそのコンテストに参加。なんと10本中10本全てを決めて見せ、FKキッカーを任されるようになったそうです!

当時の指揮官・ストラカン氏をして「天才」と言わしめ、チームメイトだったドナーティ選手は中村選手を「技術面ではチームでナンバー1」と評していました。

まとめ

今回は、2022年に惜しまれつつも現役を引退した中村俊輔選手のサッカー人生を振り返りました。国際試合での活躍など、まだまだ語りつくせませんが、今はただ中村選手に「お疲れさまでした」と伝えたいですね!今後の中村俊輔さんの動向にも注目です。