横山やすしの死因がヤバすぎる!ヤクザで借金まみれだったって本当?

壮絶な人生を送った人物として「勝新太郎 死因」が注目されることがありましたが、同じく横山やすしさんも数々の伝説を残した一方で、晩年は借金やトラブル、ヤクザとの関係を巡り噂が絶えませんでした。

本記事では、横山やすしさんの身や借金、ヤクザ説の真相を詳しく解説します。

横山やすしの死因がヤバすぎる!

天才漫才師として一時代を築いた横山やすしさん。しかし、晩年は酒に苦しみ、51歳という若さでこの世を去りました。ここでは、ヤバすぎると言われた横山やすしさんの死因や亡くなる直前の様子、晩年の健康状態について解説します。

アルコール性肝硬変が正式な死因

横山やすしさんは1996年1月21日、自宅で意識不明の状態となり病院へ搬送されましたが、そのまま51歳で亡くなりました。解剖の結果、正式な死因はアルコール性肝硬変と発表されています。

長年にわたる大量飲酒が肝臓に深刻なダメージを与え、最終的に命を落とす結果となりました。全盛期から酒豪として知られ、周囲にも飲酒量を心配していたと言われていますが、生活習慣を大きく改めることは難しく、病状は徐々に進行していったそうです。

医師から10年前に余命を警告されていた

亡くなる約10年前には、重い慢性肝炎とアルコール依存症と診断されていました。当時の医師からは「このまま飲み続ければ10年後には肝硬変で命を落とす」と警告を受けていたとされています。

しかし、横山やすしさんは飲酒をやめることができず、その後も体調は悪化。腹水がたまるなど肝硬変の症状が進行し、医師の警告どおりの経過を辿ることになりました。周囲から禁酒を勧められる場面もあったものの、長年の飲酒習慣を断ち切ることはできず、結果として病気の進行を止めることはできませんでした。

最期は自宅で静かに息を引き取った

亡くなる前日、横山やすしさんはビールを吐き戻し、妻から病院へ行くよう勧められました。しかし本人は病院を後回しにし、その日は休むことを選択。その後眠りについたまま意識が戻ることはなく、翌朝救急搬送されましたが死亡が確認されています。

自宅周辺には大量の空き缶が残されていたとも報じられ、最後まで酒との闘いが続いていたことがうかがえます。その突然の訃報は多くの芸人やファンに衝撃を与え、日本のお笑い界に大きな喪失感を残す出来事となったのです。

横山やすしとヤクザ

横山やすしさんには、ヤクザとの関係を巡るさまざまな噂が存在します。実際にはどのような接点があったのでしょうか。なお、裏社会を描いた作品として知られる「孤狼の血 LEVEL2」のような世界観が身近にあったのであれば精神的に蝕まれていきそうです。では実際にどのような関りがあったのか解説していきます。

山口組関係者との交流が報じられていた

横山やすしさんは、生前に山口組関係者との交流があったと複数の週刊誌や関係者の証言で報じられています。食事や酒席をともにしたほか、ゴルフを楽しむ間柄だったとも伝えられ、芸能界では広く知られた交友関係だったようです。

しかし、こうした報道はあくまでも交流があったという内容にとどまっており、横山やすしさん自身が暴力団に所属していた、あるいは組織の活動に関与していたことを示す事実は確認されていません。

そのため、交友関係と組織への所属は分けて考える必要があります。

本人も交友関係を隠さなかった

横山やすしさんは豪快で表裏のない性格として知られ、幅広い人脈を築いていました。暴力団関係者との付き合いについても特別に隠そうとする様子はなかったとされ、知人の紹介や会食を通じて交流を深めていったといわれています。

当時は芸能人と興行関係者が同じ席に集まる機会も多く、その延長で暴力団関係者と会を合わせることも珍しくありませんでした。ただし、本人が違法行為に加担していたことや、組織の一員だったことを裏付ける公的な記録は残されていません。

当時の芸能界ならでは

横山やすしさんが活躍した昭和から平成初期は、現在とは芸能界を取り巻く環境が大きく異なっていました。地方興行やイベントでは、興行を取り仕切る人物の中に暴力団関係者が関与しているケースもあり、芸能人が仕事を通じて接点を持つことは決して珍しくなかったとされています。

そのため、交友があったという事実だけで反社会勢力の一員だったと判断することはできません。現在の厳格なコンプライアンス基準とは異なる時代背景を踏まえたうえで、当時の報道や証言を受け止めることが重要です。

借金まみれだったって本当?

横山やすしさんは借金まみれだったとたびたび語られますが、それは事実なのでしょうか。豪快すぎる金遣いや借金エピソード、晩年の経済状況まで、当時の証言や報道をもとに詳しく解説します。

金遣いが非常に荒かった

横山やすしさんは、漫才ブームの全盛期には年間で数億円を稼ぐほどの人気芸人でした。しかし、その一方で金遣いは非常に豪快だったことで知られています。後輩や知人に食事をご馳走することも多く、高級クラブで一晩に数百万円を使うことも珍しくありませんでした。

また、気前の良さから頼まれると断れない性格でもあり、多額の出費が続いたことで、いくら稼いでも手元にお金が残らない生活を送っていたといわれています。

借金が日常に

横山やすしさんの借金癖を象徴する有名エピソードとして、落語家の月亭八方さんが明かした出来事があります。飲み歩いて手持ちのお金がなくなると、面識のない寿司屋へ飛び込み、その場で土下座して「金を貸してくれ」と頼み込んだというのです。

さらに、借用書を書く際には万年筆で自らの指を刺し、血判を押して誠意を示したとも語られています。この豪快すぎる借金の仕方は当時を知る芸人の間でも有名です。

晩年は借金問題がさらに深刻化

晩年の横山やすしさんは、不祥事による仕事の減少や体調悪化が重なり、経済的にも厳しい状況に置かれていたとされています。収入が減る一方で生活水準を大きく変えられず、借金を重ねる生活が続いたとのこと。

また、一部では資金繰りのために暴力団関係者を頼ったと伝えられており、その金銭問題は生涯にわたって横山やすしさんを苦しめたようです。

最後に

横山やすしさんの死因はアルコール性肝硬変とされ、長年の飲酒習慣が大きく影響したといわれています。またヤクザとの交際や借金まみれの噂もあるなど、天才漫才師として一世を風靡する一方、酒やトラブルに満ちた波乱の人生を送りました。

成功と転落が交錯した生涯として今も語り継がれています。