作家の村上龍さんの滑舌が悪すぎると、テレビ番組をきっかけに話題を集めたことがありました。2026年10月には74歳で亡くなったことが発表され、改めて関心が高まっています。本記事では、滑舌の変化と病気の関係や若い頃からの顔の変化、作家としての歩みを含めた経歴について紹介します。
村上龍の滑舌が悪すぎると話題に
村上龍さんの話し方については、レギュラー番組を見た視聴者からさまざまな声が上がりました。2025年2月27日に放送された『カンブリア宮殿』(テレビ東京系)では、ゲストに質問する村上龍さんの声が聞き取りにくいと感じた人が多かったそうです。SNSには、字幕がなければ内容がつかめないといった書き込みが相次ぎました。週刊女性PRIMEによると、滑舌の悪さは数年前からネットを中心に指摘されていたといいます。経営者に鋭く切り込む姿が印象的だっただけに、変化に驚いた視聴者も少なくなかったようです。
入れ歯が原因との見方も
同じ記事では、芸能ジャーナリストが話し方の特徴について見解を示しています。入れ歯が合っていない人に見られるような、息が抜ける話し方に近かったという見方です。視聴者の間でも、歯の状態が影響しているのではないかと推測する声がありました。ジャーナリストは、字幕を頼りに内容を理解する場面が多かったとも述べています。ただし、村上龍さんや番組側から原因について説明があったわけではありません。入れ歯説はあくまで周囲の推測にとどまっている点に注意が必要です。
参考サイト:週刊女性PRIME
村上龍の滑舌が悪すぎるのは病気のせい?
放送後のSNSでは、村上龍さんの健康状態を気遣う投稿が多く見られたそうです。一方で、週刊女性PRIMEの取材に応じたジャーナリストは、病気に関する話は特に聞かないとしています。当時の村上龍さんは73歳で、記事では加齢による影響ではないかという見方も示されました。本人や事務所から病気が公表されたという報道は確認できず、滑舌と病気を結びつける確かな情報は見当たりません。なお、週刊女性PRIMEの記事は2025年3月2日に掲載されたものです。
2026年10月に74歳で死去
2026年10月23日、村上龍事務所と幻冬舎編集本部は、村上龍さんが10月17日に自宅で亡くなったと発表しました。74歳でした。死因は明らかにされておらず、発表の時点で病名などにも触れられていません。昭和から活躍した表現者の最期は関心を集めやすく、芸術家の岡本太郎 死因なども、同様に多くの人が関心を寄せるテーマです。滑舌の変化と死因の関係も、現時点ではわかっていません。
葬儀は家族葬で執り行われた
発表によると、村上龍さんの葬儀はすでに家族葬として執り行われたそうです。遺族の意向により、弔問や香典、供花、弔電、供物はいずれも辞退するとしています。あわせて、遺族や近親者への取材や問い合わせについても控えるよう求めました。発表が行われたのは10月23日で、亡くなってから6日後のことでした。訃報は発表から間もなく各メディアで報じられましたが、亡くなるまでの詳しい経緯は公表されていない状況です。
参考サイト:KAI-YOU
村上龍は若い頃と顔が変わった?
村上龍さんは武蔵野美術大学に在学していた1976年、『限りなく透明に近いブルー』で作家デビューを果たしました。デビュー作となった同作は第19回群像新人文学賞と第75回芥川賞をあわせて受賞しています。24歳という若さでの受賞は注目を集め、作品は単行本と文庫を合わせて約350万部を記録しました。若い頃の村上龍さんは、時代の空気を鋭く描く新進作家として脚光を浴びた存在です。
顔つきの変化を指摘する声
2025年2月の放送後には、話し方だけでなく見た目の変化に触れる声もあったそうです。週刊女性PRIMEは、かつての精悍な顔つきから頬が下がり、別人のように見えたという趣旨で伝えています。デビューから約50年がたち、70代を迎えていたことを考えると、外見が変わるのは自然なことかもしれません。顔つきの変化についても、病気との関係を示す情報は出ていない状況です。
村上龍の経歴を紹介
村上龍さんは1952年、長崎県佐世保市で生まれました。武蔵野美術大学に在学中の1976年にデビューし、24歳から作家として歩み始めています。デビュー作の『限りなく透明に近いブルー』は、ドラッグや性を過激に描いた作品として注目されました。代表作には『五分後の世界』なども挙げられます。2026年はデビューからちょうど50年の節目にあたり、半世紀近くにわたって作品を世に送り出してきた作家です。
数々の文学賞を受賞
デビュー後も話題作を次々と発表し、『コインロッカー・ベイビーズ』で第3回野間文芸新人賞を受けています。『イン ザ・ミソスープ』では第49回読売文学賞、『共生虫』では第36回谷崎潤一郎賞を受賞しました。さらに『半島を出よ』で第59回毎日出版文化賞と第58回野間文芸賞に輝き、文学界での評価を確かなものとしています。小説のほかに『13歳のハローワーク』なども手がけ、幅広い分野で著作を残しました。
カンブリア宮殿のMCを20年務める
テレビでは、2006年4月に始まった経済トーク番組『カンブリア宮殿』で、小池栄子さんとともにMCを務めました。日本経済を支える企業のトップや政財界人をスタジオに招き、約20年にわたってインタビューを続けています。スタジオでのトークの合間にはゲストへの密着映像が挟まれ、企業の現場の様子も伝えられています。作家ならではの視点で経営者に質問を投げかける姿は、小説とは違う一面として多くの視聴者に親しまれました。
2026年3月に番組を勇退
2026年1月16日、テレビ東京は『カンブリア宮殿』が4月にリニューアルし、番組初のMC交代を行うと発表しました。後任には作家の金原ひとみさんと音楽クリエイターのヒャダインさんが決まり、新体制での放送は4月2日から始まっています。MC交代の発表にあたり
「作家は、死なず、ただ立ち去るのみ」(引用:テレ東プラス)
とコメント。村上龍さんは2026年3月末の放送をもって番組を勇退し、20年続いた小池さんとのコンビに幕を下ろしています。
まとめ
村上龍さんの滑舌が悪すぎると話題になった背景には、入れ歯や加齢を指摘する見方がありました。ただし、病気との関係は公表されておらず、2026年10月の死去にあたっても死因は明らかにされていません。芥川賞作家として、また『カンブリア宮殿』の顔として時代を見つめ続けた歩みは、多くの人の記憶に残っています。





